レア機材紹介!誰でも見学可能,KMGのPrusa MMU2S【3Dプリンター、ノウハウ、スタッフ自主制作】

「誰でも見学できるMMU2Sの整備」

ライター:Fujimoto

3Dプリンターの部品を3Dプリンターで作っています.
なんのことかさっぱりわからないですが,一見さんでも「ようこそ歓迎!」なKMGで,マルチマテリアルな3Dプリンタを稼働させて,リアルで見ることができるようにしたいという謎の使命感に燃えたスタッフの備忘録です.

目次

第1章 - 諸言 - MMUは難しい

Prusa i3 シリーズは有名なので,わざわざ紹介するほどのこともないと思いますが,ノーマルのMK3S+は当スペースにおいてユーザさんが自由に利用できる設備としてオープンにしていますので,ぜひ使いに来てください. 一方,その公式オプションであるMMUについてはあまり知られていないのではないでしょうか.ざっとネットの海を見渡した感じですと,日本において具体的な言及までされているのはヨーヨーメイカー東方さん他何件か,片手で数えられるくらいです(本題とは少しずれますが,若干の狂気を感じる記事).東方さんのnote記事が素晴らしく,これさえ読めばMMU2を安定稼動させられること間違い無いでしょう. そんなMMUですが,数多の課題があります.これは3Dプリンタの課題と言っても過言でない一般的なものと,MMUに起因する固有の課題の2種類に大別されます. 一つは,3Dプリンタ自体の難しさです.これには,
  • CADやモデリングソフトの操作などの知見
  • 3Dプリントに向いた設計に関する知見
  • 熱せられた樹脂の流動特性や周辺雰囲気,特に温湿度特製の影響など材料一般の知見
  • 摩擦や転がりの抵抗など機械一般の知見
等と多岐に渡る知見が求められることが理由として挙げられます.安価に入手できるようになったため,気になって買ってみた方もおられる3Dプリンタですが,購入されたら大概の方はまず3Dデータ共有サイト,PrintablesやThingiverseなどからデータをダウンロードしてきて出力してみるのではないでしょうか.ところが,なんか苦労するし,悪戦苦闘してセットアップして出力してみたものの,見た目も微妙でこれでは100均の方がコスパ良くね?となってしまった経験,ありませんか.パーソナライズされたデータを作成して出力することができるのが魅力の一つなのですが,そこに辿り着くまでに挫折する,というパターンですね. 二つめの,上記を越えたとしても、その先でぶつかることになるMMU(ここではMMU2,およびMMU2Sについて)に起因する固有の課題です.これには,
  •  温度,テンションなど調整項目の多さ
  • フィラメント経路
  • スプール置き場
  • エラーの多さ
  • 上記3Dプリンタ一般の課題が拡大されて噴出する
があると思います.事実MMUに関するエラーは複雑多様で,その多くが調整起因であるにも関わらず,エラーメッセージはMK3の表示の問題もあり大変簡素でトラブルシュートが難解です.さらに,フィラメント経路やスプール設置にまつわる摩擦の問題と,それに伴うロードアンロードの安定性もあり,一筋縄ではいかないことが現実です.一説では,従順なMK3がMMUを装着することで一気に暴れ馬と化す,などとまことしやかに囁かれています.

第2章 - 手法 – 基本に忠実に

3Dプリンタの基本的な部分については今時情報が溢れているので割愛して,MMU固有の課題に焦点を当てます.
調整項目の多さについては,基本に忠実に,温度をフィラメントが要求する温度にする,乾燥したフィラメントを使用する,テンションはバネのヘタリなどもあるので,(ガイドにあるような)ネジ頭の位置などよりもバネの特性を把握して荷重を目標に持っていくなど,調整の理論的な部分の理解と実践を重視します.
フィラメントについては具体的にKMGで成功しているもの,失敗しているものを挙げておきます.
  • eSun eSlik-PLA:成功.開封してからかなり経つ上,特段吸湿への配慮もしていなかったものの,ロードアンロードにおいてほぼ失敗したことがありません.
  • eSun PLA:若干怪しいです.開封して結構経ったものばかり使っていたからかも知れません.
  • eSun ePLA-ST:かなり怪しい.温度帯が普通のPLAより若干高いからかも知れませんが,出力中によく詰まります.
  • eSun eTwinkling:失敗.混ぜ物の影響か,まともに成功した試しがありません.人間が張り付いてロードアンロードの補助をしてもかなり無理.
  • eSun PETG:怪しい.温度が高いこともあり,早々にPLA主体に切り替えたが,詰まりがよく発生していた印象.
  • Prusament PLA:成功.オフィシャルなので安定.もったいないのであまり試せておりません.
  • KINGROON PLA:大概成功.最近安かったので買いました.意外といけてます.開けたばかりだからかも知れません.黒より白の方が安定してる気がします.
  • kexcelld Mat PLA:成功.あまりたくさんは試していませんが,特に問題ないように見えます.黒を主に使用しています.
  • PRIMASELECT PVA+:かなり怪しい.開封してかなり経つからか,すぐにボロボロになってしまい,ロードアンロードでの失敗多し.吸湿のせいか糸引きも多く,コンタクトサーフェス以外にかなり食い込んでいて微妙.実運用面だとPETGの方がサポートとして使いやすいかも.
フィラメント経路については特に力を入れて,大きく対策します.これは省スペースな環境下において摩擦を軽減し,安定したロードアンロードを実現するために重要です.一般的な対策にフィラメントバッファ,スプールホルダ,チューブなどで安定を図ります.
フィラメントバッファ:MMU2ではありますが,現在最新のMMU3用フィラメントバッファーがそのまま使えてスマートで若干安定です.プリントパーツを出力して,バッファだけMMU3仕様にアップグレードしてしまいましょう.とはいえ,後のスプールホルダ,チューブさえきちんとしてしまえば,必要性は薄れます.現在KMGではほぼ使用していません.
スプールホルダ:公式のスプールホルダは平置きです.5色切り替えで5リール分の場所をとるのに,です.MMU3になっても平置きは継続です.場所取りすぎでちょっと信じられません.浮かすしかないと思います.フレーム剛性の都合上,全てをメインフレームに背負わせる(都合5kg)ことには一抹の不安を覚えますが,背に腹は変えられません.5巻をPrusa標準のフレームに背負わせます.最初は普通に5つ並べて置くだけの(スプールの外径で回転させる)ものを想定していたのですが,同じく置くだけのBambuLabのAMSで紙スプールは非推奨というような情報を見かけたので,センター穴を使用する案にしました.一方そうすると,差し込むためのスペースが必要になるので,横に5つ並べることは困難です.前後にスペースは必要ですが,たまたま見つけたこちらのモデルに影響されて,付属のフィラメントに対して水平方向に90度位相をずらしたホルダーを設計しました.モデルはこちら
チューブ:PTFEチューブが基本ですが,そのまま買うのも高価ですし癪だったので,Prusa公式の情報を元に新しい材料を探してみました.PFAが温度や材料物性的に使えそうで,リーズナブルだったのでこちらを購入してみました.めちゃめちゃ余っているので,他の用途も考え中.PTFEに比べて若干柔らかい気がしますが,今の所ここ起因で大きな問題は発生していないと思います.
最後に,頻発するMMU2のエラーです.動かしながら背面を調整している際に不意に発生したり,原点復帰時のメカストッパ確認時に発生したりすることが多かったのと,エラー内容から接触不良か電源(電圧・電流)不足かを疑いました.てなわけで,”MMU2 voltage”などで検索してみましたら,出てくる出てくる,5V系の設計ミスか何かで,ダイオードによる電圧降下を考慮していない回路になっているようです.応急対策として,ロジック系の外部電源をUSB経由で供給することにしてみました.Githubにもありますが,完全な対策とはなっていないようです.これの(対症療法的)対策を施した”追加”基板がMMU3では付属するようです.つまりメインボードはそのままMMU2,MMU3とも共通です.

第3章 - 検証 – とりあえず動かしてみる

作例など 公式のサンプルなどを何色かで出力してみました. ロードアンロードで失敗しすぎて,対処方法に慣れました.
  • FINDAが反応しないタイプのロード失敗:RetryしてMMUの押し出しに噛むようにフィラメントを押し込んでやってください.フィラメントバッファが要らないな,と思える瞬間.
  • FINDAは反応しているもののエクストルーダ側のセンサが反応せずロードが終わらずタイムアウトするタイプのロード失敗:MMUからは押し出されているのですが,途中で削れてしまったりして空回りしている可能性が高いです.削れているところを越えるようにフィラメントを押し込んでやってください.フィラメントバッファが要らない(以下略.
  • FINDAが反応してエクストルーダ側のセンサも反応して一度はエクストルーダに引き込まれるのに,なぜか戻っていってしまうタイプのロード失敗:先端形状の問題であることが多いです.MMU-エクストルーダ間のチューブを外して(MMU側がおすすめ),Retryから出てきた先端を調整してやってください.途中で太くなったりしないよう.流線型にすれば大概問題ありません.
  • アンロード失敗:Retryしてフィラメントを引っ張ってやってください.フィラメントバッファが(以下略.
  • フィラメントを引っ張って,何ならMMUから抜けるレベルでもなぜかFINDAが反応しっぱなしのタイプのアンロード失敗:FINDAの部分にゴミが詰まっている可能性が高いです.MMU側のチューブを外して掃除してください.横の穴からダスターで空気ぶち当てるとかも有効だと思います.
  • 時々中で折れてる問題:吸湿したフィラメントで発生します.取り除かないと致命傷になるので,MMU-エクストルーダ間のチューブを外して取り出してください.

第4章 - 結言 – MMU3に向けて

KMGでMMU2を実は2018年当初購入して,MK3の稼働などに余裕が出てきたこともあり,ここにきてようやく稼働させられました.ここからはノウハウの蓄積や発信を目指していきます.現在,フィラメントの吸湿,劣化問題を除けば,ほぼ安定して動いていると言える状態まで来ています.2024年時点で3Dプリンタ界隈に勃興してきているマルチマテリアルブームですが,2010年代後半からMMUに取り組んできた先駆者とも言えるPrusa MMU2です.ぜひその目で動いているところをご確認いただければと思います.きっとマルチマテリアルを活用したアイデアにつながることでしょう.

一方,公式からは既に諸々の対策を施した改良機であるMMU3が発売され,日本にも来るかどうかと言うところです.公式には日本未投入のままだったMMU2に対し,品質が安定したMMU3が今後公式から日本投入されたら(もちろんしなくても)是非入手して,何がアップデートされたのか,検証して共有したいところです.

最後に,もしご自身でMMUを使用されるのでしたら・・・

実は答えは転がっています.奇を衒わず基本に忠実にしましょう.物理には逆らえません.

ヨーヨーメイカー東方さんの記事に課金するのが近道です.

Appendix - 質疑応答 – 素人質問ですがよろしいですか?

質問募集中.随時更新.

  • MMUを何と呼べばいいのか

    • エムエムユーと呼びます.Multi Material Unitの略称ではありますが,製品名称なので記事中ではそのままMMUと表記しています.PrusaのMMUシリーズを総称して,文中では主にMMUと表記しています.(メモリ管理ユニットはMemory Management Unitですね.)

  • そもそもMMUを使うメリットとは、表現の幅が広がるだけ?

    • 名前の通り,複数の材料が使用できることがProsとなります.これは色を複数扱えるという外観重視な点から,異なる材料を使用できるという機能重視な点まで,幅広いものです.
  • MMUとMMU2(MMU2S)の違いは?

    • PrusaのMMUはMMU1,MMU2,MMU2S,MMU3と進化しています.本記事で扱っているMMUはMMU2Sですが,PrusaのMMUシリーズであれば基本的に共通する知見であると言えるでしょう.MMU1はボーデンチューブの構成がMMU2以降と比較して煩雑に見えます.似た製品で最近有名なのは,BambuLabsのAMSです.これはAdvanced Material Systemsの略称で,1台で4色が扱える乾燥機付きの優れたものです.
  • 別のマテリアルを組み合わせることは可能?

    • そのためのMulti Materialです.例としてよく挙げられるのが,SupportのInterfaceのみをPVAで出力し,出来上がったものを水洗することで仕上がりをきれいにしようというものです.最近ではPVAの扱いづらさから,PLAで整形する際のInterfaceにPETGを使用する傾向が見られます.また,一つのパーツの半分をPETG,もう半分をPLAといった出力も可能ですが,何も考えずに異なる種類のプラスチックを組み合わせると,接合部分の強度が著しく低下するので,結合方法に工夫が必要です.一方,赤と青を比率で混ぜて出力したり,硬軟取り混ぜた材料を出力したりなどは不可能です.あくまでも,フィラメントとして存在するものを切り替えて出力するためのものです.
  • MMUの加工時間はどのくらいかかる?だいぶ遅くなる?

    • 遅くなりますが,どのくらい遅くなるかは材料を変更する回数,方法によります.積層に合わせた材料変更が多いものと,積層内での変更が多いものでは倍以上の差が出る場合もあります.気になった方はスライサの設定だけで確認できますので,ぜひ試してみて下さい.難しければ,KMGにご来店いただき,スタッフに気軽に相談して下さい.本記事を執筆したFujimotoは主に土日に勤務しています.
  • その他用語など
    • バネのヘタリ:バネは弾性変形範囲で応力をかけている間は基本的に素性変形しません.ただし素性変形をしてしまう範囲の応力がかかった場合や,弾性変形範囲であっても高サイクルの応力振幅が生じた場合に,バネ自体が素性変形し,かけた力とひずみが描く経路(S-S曲線)が初期状態から素性変形分ひずみがシフトした状態になります.これを俗称として「バネがヘタる」と呼称したりします.ヘタったバネだと,マニュアル通りの調整をしても緩くなってしまいます.大切なのは締込みトルクなので,初期状態の締込みでのトルクを元に,使い込んだバネでも調整を行うことが求められます.

    • スプール:フィラメントが巻かれている丸いやつ.ボビンとも.

    • PRIMASELECT PVA+:PVA(要はのり)フィラメントの名前.

    • フィラメントバッファ:MMUは材料を変更する際にボーデンチューブ分のフィラメントを出し入れすることになります.材料返納のために一時的に排出されたフィラメントを適切に処理しないと,他に排出されたフィラメントと絡まることがあるので,マネジメントのためにMMUで採用されたのがフィラメントバッファです.MMU2ではスプールホルダとフィラメントバッファの占有面積が大きく,フットプリントの増大を招いています.MMU3でもフィラメントバッファを縦置きにしたことで多少のコンパクト化に成功したものの,依然フットプリントは大きいです.詳細は第2章のスプールホルダの項をご参考のこと.一方で,適切な経路を通り,排出されたフィラメント同士が絡まらないのであれば,不要となります.

    • 背面を調整:MMUはフィラメントをプリンタ正面から見て背面から引き込みます.押し引きなどをする際に背面側を触ることも多いでしょう.MMUへの配線に触れることも多くなるはずです.

    • FINDA:MMU側にあるフィラメント検知センサです.これをフィラメントが蹴ることでMMUからフィラメントが出ていった,MMUがフィラメントを回収した,の判断を行います.

Kyoto Makers Garageでは、アイデアをカタチにしたい人が、知識や技術の有無に寄らず、最初の一歩で躓かないで済むように様々なフォローをしております。

質問やご要望などございましたら、直接【お問合せ】いただくか、【お客様アンケート】でお知らせください。

 Kyoto Makers Garage

【運営】
Monozukuri Ventures (https://monozukuri.vc/ja/
Monozukuri Venturesは日米に拠点を持つハードテックに特化したベンチャーキャピタル。投資に加えて試作量産化や事業開発を支援する専門チームを有しており、世界中の起業家やスタートアップが高品質の製品を、少量でも素早く生産・販売することができる世界の実現を目指し、京都・ニューヨークで活動している。アントレプレナーシップの醸成についても取り組みを行っており、小学生・中学生向けのワークショップも実施。Kyoto Makers Garageは試作や教育の拠点です。